ハッピーに過ごすヒント 第12回 死にたかった経営者

 

前回、経営者の話を書きました。

私は、銀行の全国の店舗で、経営相談をやっていました。
相談に見えられるのは、銀行のお客さんが中心。お客さんは相談料無料で、ギャラは銀行が払います。

朝の9時から夜の7時まで。基本は予約で1人1時間。
店舗によっては、お昼休みを考えずに、フルに(10人)予約を入れています。
「早めに相談を終えて、お昼にしてください」などと言いますが、お客さんは真剣なのでそんなことはできません。

お客さんは、勢いのある方か、逆に勢いを失っている方の両極端。どんなタイプが多いかは店舗によります。

ときどき、ビジネスがうまくいかず、もう会社を辞めたい、死にたいという方がいらっしゃいます。
本人が会社をどうにかしたくて相談に来ているのではなく、銀行に呼ばれて渋々やって来ています。

いろいろな手を打ったが、どうしようもない。夜は眠れずお酒を飲んでいる。「もう死ぬつもりだ。あんたには、何もできないだろう」などと言います。

■■■ 試してほしいこと ■■■

「わかりました。おっしゃるとおり、何もできないと思いますが、死ぬ前にひとつ試してみていただきたいことがあります」と、私は言いました。

「これは、いまは世界的に有名になっている社長から直接聞いた話です。同じような状態のときに、たまたまやって、それから状況が変わったそうです。やってみますか? 簡単なことです」

いぶかしい顔をされながらも、やってみるというので方法を教えます。

家に帰って、夜になったら、運動ができる服、靴に替える。
遠くの公園、神社など、比較的広くて樹木があったり、自然がある場所を目的に走る。疲れたら歩く。
お酒はもちろん飲んではいけない。水だけ飲む。
朝になるまで走る。疲れたら歩く。どんなに疲れても、帰ったり、眠ったり、途中でやめてはいけない。ただ走るか、歩き続ける。
これだけ。

は~? こんなのでどうにかなるんだったら、苦労しないよ、と思いますよね。
しかし、これは本当に、いまは世界的に有名になっている社長から直接聞いた話です。

そして、結果は?

明け方、私の携帯に電話がかかってきました。

「何か憑き物が落ちたみたいだ。ありがとうありがとう」

――

後日、この方と話をしました。

最初、腹立たしいことばかり浮かんできた。やっぱり走っても仕方ない。これでどうにかなるわけがない。世の中、そんなに甘くない。これまで辛いことばかりだった。

しかし、なんで自分はうまくいかないのか? ずっと頑張ってきたのに。なぜ自分が負けて、気に食わないやつらが勝つのか? まったくもって解せない、許せない。

走っても仕方がない。けれども、朝、文句の電話をかけてやるために、ずっと走ったり歩いたりしていた。

身体が疲れ切って、もうネガティブなことも何も一切考えられなくなった頃、だんだん夜が明けてきた。急に何かに気付いた。戦慄が走った。

忘れていたいろんなことを思い出した。いろんな人の顔が浮かび、出来事が浮かんだ。
辛いばかりの、悪い人生だったんだろうか? そうでもないんじゃないか?
自分は、ある意味、逃げていたんじゃないのか?

何だか涙が出てきた。しばらく泣いていた。何かが洗い流された気がした。それから、力が湧いてきた。

■■■ ありふれた町中とアフリカ ■■■

話を聞いて、「へ~、そうなんですか~」と私が言い、「えっ、自信をもって勧めたんじゃないの?」と、経営者。

「いえいえ、どうなるかはその人しだいでしょう」と私が言い、「いい加減な人だな~!」と、経営者は大笑いしていました。

実際、同じことをしても、ダメな場合はダメで、何も変わらない人もいるでしょう。

しかし、いつもと同じ、ありふれた町中で、ただ夜が明けただけでも、夜明けの威力、自然の威力も手伝って、自分が変わるきっかけにはなるのです。

この時点では、当然、ビジネスの状況は一切変わっていませんが、本人の意識、気持ちが変わったので、結果、立て直せたのでした。

この前、「道に迷う若者へ」の本で、人生を変えるためにアフリカの旅に行った人の話を読んでいるときに思いました。

せっかくアフリカに行っても、現実から逃げただけなら、人生は変わらない。

同じ現実の違う側面が見えたとき、変わるのでしょう。

自分を睨みつけ、叩きのめし、苦しめてきた現実が、じつは、自分を育て、助け、見守っていたことに気がついたときに、変わるのでしょう。

そして、目の前の課題に真剣に取り組む気持ちになったとき、道が開けるのかもしれません。